第2回リュシーメソッド発表会2017/05/19 23:32

513日(土)杉並公会堂小ホールで第2回リュシーメソッド演奏発表会が行われた。今回は、ピアノのほかにクラリネットや声楽の演奏もあった。この発表会の出演者はすでに楽器に習熟している方たちばかりだ。発表会の定番、ショパンの子犬のワルツや華麗なる大円舞曲も楽しめた。ショパンのノクターン、スカルラッティのソナタは弱音ペダルを効果的に使い音量や音色を変化させて表情豊かに演奏されていた。バッハのイタリア協奏曲やパルティータ第4番は、自然なルバートと強弱がつけられていて心地よく、最後まであきさせなかった。バッハの時代のチェンバロの演奏をピアノでなぞるより、楽曲が本来持っているものを「現代のピアノ」で表現するほうが健全だと思った。

最後に、稲森訓敏先生の指揮で女声合唱団《三唱(さぶしょう)》が、「水のいのち」(作曲:高田三郎、作詞:高野喜久雄)から「雨」「川」「海よ」の3曲を歌った。出だしのピアニシモがなんとも美しかった。超微粒子のミストがただようような感じといったらいいだろうか。また、プログラムと一緒に歌詞も配られたが、読むだけではわかりにくかった部分が、音となったとたんにスッと理解できたという貴重な体験もした。かつて国立音大には高田三郎先生が指導される高田三郎混声合唱団があり、稲森訓敏先生もテノールと指揮で参加されていた。そして6年前、そのメンバーだった7人が中心となって《三唱》を結成し、水戸、秩父、福島、横浜などからも月1回の練習に参加して高田三郎作品を演奏しているということだ。

リュシーメソッドはクラシック音楽の表現法だが、ポピュラー音楽の演奏にも共通事項が多い。訓敏先生に、5月よりイナモリ・メソッド研究会の会報に紙上講座をお願いした。ポピュラーやジャズに取り組む我々も、漠然と感覚的に行っていたことが、表現の技法として明瞭にとらえられるようになることと大いに期待している。(茂木千加子)

 

 

 

 



会報第1号を発行しました2017/05/18 10:37

1991年春から発行してきたイナモリ・メソッド研究会ニュースレターをリニューアルし、イナモリ・メソッド研究会会報第1号を発行しました。紙上講座やアレンジ譜などを掲載してお届けします。
今回より連載で音楽表現法研究家の稲森訓敏先生とジャズピアニスト森健さんにご執筆いただきます。
☆「ポピュラーピアノをより音楽的に弾くために」第1回フレージングができるようになる
クラシック音楽の表現法メソッドであるリュシーメソッドをポピュラーピアノに応用して解説していただきます。
☆「やさしく弾けるピアノアレンジ」Someone To Watch Over Me
ピアノ経験があまりない人でもジャズのハーモニーを楽しめるアレンジです。さらに発展的に演奏する方法も示され、その技法がよく理解できるイナモリ・メソッドの教材も紹介されています。
会報第1号
会報はイナモリ・メソッド研究会会員に年4回送付されます。
入会方法は コチラ

稲森康利先生を偲んで2016/10/12 20:35

稲森康利先生が亡くなって早くも一年、10月29日は先生の一周忌です。
稲森音楽教室におけるご指導は35年以上にわたり、
多くの音楽家が巣立ち、活躍されています。
以下は、最近のメールやブログに寄せられた先生を偲ぶメッセージです。
稲森先生の著作は、執筆から20年。30年、40年を経ても、弟子たちに
先生の音楽を伝え続けていると改めて感じます。

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☆森田 遊(平塚市 作曲家・ピアニスト
稲森康利先生が昨年10月に亡くなってた。
ショックだった
もう一度逢いたかった
先生に御礼が言いたかった
今の俺があるのは かろうじて ピアノの仕事が出きるのは 稲森先生のお陰です
本当にありがとうございましたと……………

私は よく可愛がってもらい
レッスン後 ご飯食べに連れていってくれたし パチンコもし

先生のアレンジした譜面弾く時は 先生の事を思い出しながら
今は 大事に大事にピアノを弾かせてもらっている
先生の魂がこもった音楽を弾く度に
今は 先生の茶目っ気たっぷりな
そして真剣な眼差しが 思い浮かんでしょうがない…
稲森康利先生 本当にお世話になりました
先生の事を思い出しながら ピアノをこれからいつも弾いて行きます。
http://ameblo.jp/moritayou/entry-12125190037.html
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☆木下有子(藤沢市 ジャズ・ピアニスト/オルガニスト アレンジャー)
最近先生の訃報を知り、大変驚いた次第です。
子育てでしばらくブランクがありながらも
今はまた指導、演奏活動の日々を送っています。

いろいろなアレンジ出版物はありますが、
ハーモニーなどの音楽的センスのしっくりくるものは
なかなかなく、私の音楽のベースには、東京に出てきて
先生に教わった数々の事柄が今もしっかり根付いています。

最近は、ジャズ・ピアノやポピュラー・ピアノを楽しみ、
街のセッションに出てみたい!自分のライブをしたい!という方が
多くレッスンに来られます。
ご自分でアレンジや即興ができるようになる前に、
まずは『良質の音楽』に触れていただき、そこからご自分の音楽が
広がるためのお手伝いができれば・・と思い、
先生の数々の著作物を弾いてもらっています。
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☆森 健(葛飾区 ジャズピアニスト)
稲森先生は私の師であり、仲人もしていただき、
まるで家族のように親しくしていただきました。
あまりにも大きな存在であり、私の演奏法の多くの部分が
稲森先生によって授けられたものです。
日頃の練習時にも稲森先生の本は手放せません。
ひとたびページを開くと、そこには演奏のヒントや語法、発展・展開と、
まるで、音楽の宝庫が語りかけてくるかのようです。
スランプの時など、何度先生の本に救われたかしれません。
http://inamorimethod.asablo.jp/blog/2016/06/22/8116962
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これ以前の追悼メッセージ


皆様からの追悼メッセージ2016/01/11 22:39

皆さんからたくさんの追悼メッセージをいただきました。そのうちから掲載をご許可をいただいたものをご紹介します。

☆中田美月さん東京都)
今年の9月、1週間ほどニューヨークのピアノのある家にホームステイし、バークリー音楽院のJAZZピアノLessonを受けました。
その時Lessonで稲森先生がアレンジした「LUSH LIFE」を見てもらったのですが、バークリーの先生は私の楽譜を見ながら「とってもいいアレンジだね!ヤストシ イナモリ・・・彼は日本で有名なの!?」と先生のアレンジを絶賛。
なので「彼は私の先生で、テレビに出たり日本一JAZZの楽譜を出版したり、有名人です!」と自慢気に答えました。
そのお話を稲森先生にお伝えしたいと思っていたのですが、Lessonからちょうど1ヶ月ほど経って今回のお知らせを聞き、とてもびっくりし、残念に思います。
今私は趣味でJAZZや音楽に親しんでいますが、そこにはずっと稲森先生が必ず存在します。
先生とのLessonの想い出やたくさん教えていただいた事は決して忘れる事はありません。ご冥福をお祈り申し上げます。


☆小林日出人さん(東京都・ピアノ調律師)
小林様


☆佐土原知子さん(千葉県・ピアノ講師)
このたびの稲森先生の訃報には、大変驚いております。
皆様さぞお力落としのことと存じます。
3年ほど前、ピティナ(全日本ピアノ指導者協会)の取材にお越しいただいた際にも、お元気そうで、よく通る声でしっかりお話しされていたことが思い出されます。http://www.piano.or.jp/report/03edc/our_music/news/2012/08/31_14622.html
まだまだ教えていただきたいことは多かったのですが、先生のご本や教育体系を、今まで以上にしっかり皆さんにお伝えしていかねばと、気持ちを新たにしております。末筆になりましたが、稲森先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


☆庄子香代子さん(山形県・短大講師)
庄子様


☆勝 知代さん(神奈川・ピアノ講師)
昔、大変お世話になりました、鈴木知代(すずきちよ)です。結婚して、名字が勝(かつ)になりました。
先生がお亡くなりになられたとお伺いして、ショックを受けています。先生にもう一度、教えて頂きたかったです。先生に、編曲をさせて頂いたり、お寿司やシナモンロールをご馳走になった日々を忘れません。
看護師、助産師だった私を、ピアノの先生にまで導いてくださったのも、先生のお力です。おかげさまで、いま生徒さんは35名になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。また、今回の事で、改めてジャズを学ぶ決心を致しました。
ぜひ、研究会に入会させて下さい。宜しくお願い致します。


☆山路淳子さん(三重県津市)
山路様




稲森康利先生を偲ぶ会2015/12/30 11:46

12月28日13時から、イナモリ・メソッド研究会主催で稲森康利先生を偲ぶ会を開催しました。会場は稲森先生がお好きでよく昼食を召し上がっていた初台オペラシティ東天紅です。三重、長野、静岡など遠方からもご参加いただきました。主催者であるイナモリ・メソッド研究会室長挨拶のあと、参加者が一人ずつ順に自己紹介と稲森先生への思いを述べました。稲森先生らしいほほえましいエピソードを語る方もいれば、話の途中で涙ぐんでしまう方もいました。
また会場には1980年代からの教室発表会の集合写真や、懐かしい春山ビルの教室の写真、フジテレビ小川宏ショーご出演のころの写真、各地の公開講座の写真やIAJE(国際ジャズ教育者協会)国際大会参加時の写真などが展示されました。また稲森康利先生のジャズ教育についてのお考えがよく伝わる雑誌のインタビュー記事も数点用意され、皆さんが熱心に目を通されていました。
                                                     ※写真をクリックすると拡大します。
偲ぶ会
          当日司会の池田みどりさん、稲森訓敏先生、中央アート藤田哲也さん

《偲ぶ会主催者ごあいさつ 》

年末のお忙しい中をご参加いただきありがとうございます。

本日は稲森康利先生の略歴をご用意させていただきました。これを見ますと、改めて先生が大変なご努力と勇気をもって、新しい世界を切り開かれてきたお姿が浮かんでまいります。30代の活発で華やかな演奏活動で培われたものを、40代からは惜しげもなく著作に注ぎ込み、教育へと道を切り開いてこられました。50代なかばからはアメリカに本部を置くIAJE国際ジャズ教育者協会の日本支部会長という重責を6年間つとめられました。

イナモリ・メソッド研究会は1990年に稲森先生の公開講座を開くために設立しました。この25年の間に東京のほかに、各地の先生方のご尽力で奈良、福岡、富士宮、大阪、神戸、名古屋でも開催してまいりました。

イナモリ・メソッド研究会を設立した1990年の時点で先生の著書は50冊に及びました。40歳から執筆をはじめられ、日音、シンコーミュージックなどから7年間で13冊出されました。年平均12冊ということになります。これだけでも相当すごいことですが、82年に中央アートから「ポピュラーピアノスタディ」を出版され、中央アートとの30年以上にわたるお付き合いが始まったわけです。それから90年にいたる8年間は年平均45冊書かれていたことになります。この頃は仕事場にはテレビを置かず、執筆に集中されていたとのことでした。そして2011年の「ジャズキッズ」に至るまで120冊の著書を残されました。

先生の著書は宝物のような情報でいっぱいです。研究会は今後もこれらをたくさんの人たちに使っていただけるよう努力していきたいと考え、今後は理事会を設置して運営してまいります。本日は理事の方々にもご参加いただくことができましたのでご紹介させていただきます。

まず稲森先生の甥御さんで音楽表現法の研究者、リュシーメソッド代表の稲森訓敏先生です。また本日はお出かけかないませんでしたが、イナモリ・メソッド九州支部の松宮敬先生。そして富士宮支部の赤池よし子先生には本日ご出席いただいています。それから中央アート出版社の吉開狭手臣社長。本日はご参加かないませんでしたが、代理として稲森先生の著作の編集担当、藤田哲也さんがご参加くださいました。

また本日は、稲森音楽教室の80年代前半の生徒さんから最近の生徒さんにいたるまでご参加いただきました。本日の最長老は金谷忠則さんです。ご参加ありがとうございます。

そして、先生の歌曲を長年歌われてきた榎本玲子さん、作詞を手掛けられた佐野万里子さんもご参加いただくことができました。

参加者名簿はこちらで把握している限りでとりあえず作成いたしました。修正すべき点がありましたらのちほど自己紹介をお願いしたいのでその時に訂正していただければと存じます。     それではどうぞごゆっくり先生の思い出を語り合っていただければと思います。

              イナモリ・メソッド研究会東京本部室長 茂木千加子



稲森康利先生のご活動略歴

 

演奏活動
高校生時代、サックス奏者で9歳年上の兄、喜久雄さんの影響でサックス、フルー       ト、クラリネットなどを演奏。編曲も行う。 ピアノは高校1年から学校のオルガンと   ピアノで独学、まもなくピアニストとして活動をはじめる。
1952年(18歳)東京芸術大学入学とともに演奏の場は東京に移る。
1963年(29歳)平岡精二クインテットに入り、6年間在籍。

 フジテレビ小川宏ショーにレギュラー出演。

1971年5月   ピエール・カルダンの招きでパリのエスパスカルダン劇場に出演
1972年8月より ハーブ・オオタ・セクステットに参加。ハワイ・アメリカ本土ツ   
                      アー。
1994年月    ハワイツアー。クインカピオラニホテルなどで演奏。
1995~2001年 国際音楽の日ジャズフェスティバル(バリオホール、浜松アクトシ
          ティ、東京芸術劇場などで開催)に出演。

 

執筆活動
197410月(40歳)「フェイクポピュラーフルート」(シンコーミュージック)
      を出版。
      この後1981年までに日音、シンコーミュージックなどから13冊出版。
19824月(47歳)中央アート出版社から「ポピュラー・ピアノ・スタディ第1巻」
      を出版。
1990年には著作数が50冊に達する。
200110月 韓国の春秋社が「リードシート奏法1,2,3」「クラシック・イン・
      ジャズ1」を翻訳出版。11月、韓国5都市で公開講座を行う。
2005年4月 中国人民音楽社が「クラシック・イン・ジャズ1,2」を翻訳出版。
2011年の「ジャズキッズVol.1Vol.2」まで、120冊の著書を残された。

稲森音楽教室
春山ビルで教室を始められた年は不明だが70,年代半ばと思われる。
1981年(47歳)第1回稲森教室発表会オータムコンサートを開催。
        会場は青山のカワイ楽器パウゼ。
1984年第4回から2001年第21回まで
赤坂のOAGドイツ文化研究協会ホールで開催。
2003年より角筈区民会館、牛込箪笥区民会館、烏山区民センターホールで開催。
2013年3月 教室を初台に移転。
2013年第31回発表会で“Misty”を演奏されたのが発表会最後のご出演となった。

 

ナモリ・メソッド研究会
1990年に稲森康利先生の公開講座を行うために設立。
1990年6月 OAGホールにて公開レッスン+コンサートを開催。
19908月 第1回夏期公開講座開催。会場は青山のカワイ楽器パウゼ。
1993年3月 奈良ムジカセゾンに関西支部を開設。
2002年1月 名古屋に中部支部を開設、日響楽器で講座を行う。
2003年10月 九州支部を福岡県飯塚市に設置。
2004年11月 神戸支部を設置。
2005年5月 富士宮支部を設置。
25年にわたり、東京、奈良、大阪、福岡、神戸、名古屋、富士宮で講座を開催。

 

国際ジャズ教育者協会(IAJE
19911月 ワシントンD.C.で開かれたIAJE国際大会にて日本支部会長に就任。
      6年間会長を務め、毎年1月アメリカ各地で開かれた国際大会にツアー
      を組んで参加。
1992年  IAJEアドバイサリー・カウンシルに就任。